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2026-05-21

僕に「後輩」ができたんだ

竹下 貴大

気がつけば「先輩」と呼ばれる立場になり、新入生のための育成メニュー作成を担当することになった。

実は、僕に後輩ができたのは今年が初めてではない。それでも、これまで彼らの存在を真の意味で意識することはなかった。なぜなら、僕は「自分が試合に出ること」しか見えていなかったからだ。自分の技術をどう向上させるかという「自分ベクトル」に必死で、後輩はポジションを争う「ライバル」程度にしか考えれていなかった。自分が責任を果たし、導くことのできる相手だとも、思うことができていなかった。

そんな僕が育成メニューを作るにあたり、ふと手が止まった。彼らがこのメニューに費やす時間は、「週5回、各30分」。一ヶ月、半年と積み重なれば膨大な時間になる。数ある選択肢から東大ホッケー部を選んでくれた彼らの貴重な時間を、僕が預かるのだ。その事実を突きつけられ、とてつもない責任が肩にのしかかった。

同時に、強い不安も生まれた。「そんなに上手くもない自分が教えることで、後輩たちは本当に成長できるのだろうか?」「僕は決して、天賦の才があってスマートにホッケーをこなしてきた選手ではない。加えて、今の育成選手が目指し憧れているのは、同期の幹部含む上手い選手達であり自分ではない。そんな自分が、作ったメニューを皆が信頼し取り組んでくれるだろうか。」幹部をしている同期はもちろん、運営面で全力を尽くしている同期後輩の前で、こんなことを言うのも大変失礼かもしれないが、自分に急にのしかかった今まで感じたことのない責任の重さに苦しみを覚えた。

しかし、その「申し訳なさ」や「恐れ」から逃げていては、先輩としての役割は果たせない。僕は育成メニュー作成を通じて、「責任を持つ」ということの本当の意味について深く考えるようになった。責任を持つとは、単に「結果が出なかった時に自分のせいにする」というような事後的な潔さではない。本当の責任とは、自分が彼らの時間を預かっているという事実から目を逸らさず、彼らの成長に最後までコミットし続けることだ。

……と、ここまでは綺麗な理想論だ。現実の自分はそんなに強くない。

自分の練習で精一杯の日は後輩に気を配る余裕をなくし、また自分の殻に逃げ込んでしまう。指摘が必要かもしれないと思う場面でも、関係性がこじれるのを恐れて無難な言葉でやり過ごしてしまう弱い自分がいる。後輩をライバルとしか見ていなかった自己しか見られない他者に何かを言う勇気のない自分は、そう簡単には変われない。立派な覚悟と、それに伴わない自分の未熟さに自己嫌悪する日々の連続だ。

でも、だからこそ自分が果たすべき責任があると言うことを、何度も自分に言い聞かせる必要がある。

プレー面で上手くなると言うことはもちろん、圧倒的なプレーで引っ張ることはできなくても、自分の弱さを自覚し、それでも逃げずに向き合おうともがく姿なら見せられるはずだ。完璧には程遠くても、彼らが迷った時に頼れる、誠実な先輩でありたい。そんな思いを日々思い出しつつ改めて物事に全力で取り組んでいこうと思う。

そしてこれは願望でしかないが、そんな後輩が努力を深めいつか一緒に公式戦の場をともにしてくれることを心から願っている。

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