UNIVERSITY OF TOKYO HOCKEY TEAM
東京大学運動会ホッケー部
Est. 1925
2026-04-16
緒
嘉田 奏平
「人生は、毎日1日ずつ増えているんですか、減っているんですか」
いつだったかお決まりのように無心でスマホを見ていると、こんな文章と出会った。
見方が違うだけの話だけど、妙に心に残った。
僕たちが認識できる物事には、認識できるがゆえの区切りが必ずついてきて、始まればどこかで終わりが来ることになっている。どんなものでもきっと例外なくそう。
どれだけ1日を、今日を、積み重ねていったとしても、それはいつか死とか終わりとかいう概念によってシャットされるし、逆にその端っこを前提とすれば、そこまでの時間は空白をいい感じに埋める暇つぶしみたいなものなのかもしれない。
今の自分に残された時間が生き方と死に方の二通りで捉えられるものだとしたら、期限を意識してようやく動き出すような僕にとっては死に方を意識してみた方がうまいこといくのかな。
まあこんなことはただの導入でしかなくて、要は自分に残された時間について考えたい心持ちだってことです。
甘やかされて無責任に過ごしていたらいつの間にか部で上から2番目の学年になっていて、もうリーグ戦の1試合が終わってしまった。
元日、今年こそは僕なりに力を入れて部活に取り組もうと思って目標シートを書いた。今年一年でどんな成長をするか、曖昧だけど言葉にすることにした。
目標を一年早めた。
そうしないといけない気がした。
その甲斐があってかオフ明けから1ヶ月ぐらいは、練習や試合の反省を去年よりやるようになったし、しんどい練習でサボりたがる自分、体がちょっと痛いぐらいで見学を考える自分をなんとか動かしてきた。高校の頃からいつもどこかが痛かった僕基準なら頑張っている方。この基準も低いんだろうなあって、幹部を見ていると畏敬の念を抱く。
3月に入ってから全然無事ではい続けられなかったし、よく落ち込んで下を向いてしまうけど、そこにはまだ踏ん張れる地面がある。
そうである限りなんとか踏ん張り続けるんだと、今年はそう決めてしまった。
まあおかげさまでちょっとはホッケーが上手くなった気がする。出来ることが増えた。自信がついた。まだできてないと気づいたことが増えていって、もっともっと上手くなれる気がして、ホッケーが前より楽しくなった。前より好きになった。
けれど特に最近、上級生として扱われるようになって、自分の前に広がるどんな生き方をするかだけ考えて無責任かつ楽観的にいるわけにもいかなくなった。後ろに何を残して、どんな背中を見せてっていう死に方についても考える必要が出てきたように感じる。四年間の中でまだこんなことを考える時期でもない気がするし、こんなこと考える柄じゃない気もするけど、考えてばかりいる。
運営面では、もっと率先して行動するとかルールを守るとかしていかないといけないんだろうし、今まで通り思ってることを言わずにやり過ごして我関せずでいたら、きっと取り返しのつかないことになるんだろうって焦りがある。
書くべきことではないのだろうけど、運営される組織としてのホッケー部の現状にはあまり納得がいっていない。散在化してよくわからない上に共有されない種々の情報、マネジメントされ切らず責任の所在が曖昧な仕事、形は出来上がって施行されてもフィードバックなしにそのうち形骸化しそうな仕事(これはまだしょうがないけど)。またはそれにより偏りすぎた負担。他にも新歓とかシーズンインも相まって色んな人がキャパオーバーな印象。
もちろん自分だって部の足を引っ張っているのは痛いほどわかっている。ネガティブ発言するし疲れてたら人任せにするし会計含め基本何でも仕事遅いし。そんな自分含めこのままだったら一年後、僕は自分がホッケー部にいる意味を見失っていそうだ。
この部活はもっと良くなれる。良くしないといけない。
あまりこういう言い方はしたくないけど、組織としての強い運営がコロナ等で後退し、新たな原状として根付きかけている今しか、もう変えるチャンスはないはず。過去のお手本が見える、手が届くところにあるのはせいぜいあと1、2年ぐらいじゃないのかな。
プレー面だって先輩が去年していたレベルのプレーを今できているのかっていうと微妙。二部優勝するチームで試合に出る選手として他の大学の選手と比べてどうかと思うと、それも微妙。引退までの目標を一年早めた以上、体力や筋力はもっと伸ばす必要があるし、怪我病気しないための体のケアやコンディショニングももっと必要。判断力とかレシーブドリブルの姿勢とかレバヒのフォームとかも。
試合反省で出る反省もいつまで経っても変わっていないよな。それじゃだめだ。全然だめだ。
自分が最上級生となった時、役職に関わらず、チームのMF全体の責任を取れる、試合の勝敗の責任を取れる選手になっているのだろうか。
微妙だなあ。
少し前まではこの先も変わらず無責任にホッケーを楽しんでいくんだろうなーと思っていた。けれどそのままだと、僕は自分が許せなくてホッケー部から逃げてしまう気がする。そんな自分ならここにいる意味がないと感じる。
ホッケー部にいる以上たくさんの義務があるけれど、ホッケー部にいることは義務じゃないと気づいた。他にもいろんな生き方、大好きなホッケーへの関わり方があることに気がついてしまった。部活のない大学生活というのを今は知らないだけなのだろうとも思うし。
そんな中で、もう半分が過ぎてしまった大学生活における終のすみかとして選ぶなら、今よりもっとすごいホッケー部がいい。それは一年間の戦績とか部員数とかそういうのではない、もっと大きなシステムとしてホッケー部を見た時に、というような意味で。
自分の思い通りにしたいだけなのかもしれないけど、もっとよくできると考えていながら、何もしないまま終わる、いや違うな、何かを変えられる大きな力や決断力のない自分のまま終わるとしたら、それは2年前柄にもなく大きな夢を抱いて入部を決意した自分を裏切ることに他ならない。そうなるぐらいなら、また別の日々を歩む決断をする日がいつか来るのかもしれない。
でも、逃げたくない。逃げないためには責任を持たないといけない。取らないといけない。運営面も、プレー面も。
逃げるぐらいならどうにかするしかない。まだそう思える。
その力をつけるためにもまずは自分に矢印を向けないと。
チームの勝利に貢献できる選手になる。ベストイレブンにだって選ばれたい。審判資格だって二個上を目指したい。グラウンドにいない時間にどれだけの仕事を、努力をするのか。グラウンドに来る時間も、そこでの振る舞いも、もっと気をつけられるはず。
残り少ない大学生活を捧げる対象として、今のままの向き合い方ではいけない。
元日にも同じことを思ったはずだ。何度目かわからない遅いリスタートにはなるけど、ここから。
強い決意を込めて、この雑感をその緒としよう。
