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2021-04-24

越境

國崎 皓

大学で部活をするの意義について、コロナの自粛中に考え直すうちに、自分の中のその原点的なものにようやく気づけたかもしれない。だから今回はチームのこととかではなく自分自身にフォーカスして、そのことについて書こうと思う。

大学で部活をするということは、その他多くの機会喪失に繋がる。体力的にも普通にしんどい。簡単に言えば色んなものを犠牲にする(もちろん得られることもあるが)。
そんな部活を続けるに当たって自分にとってのそれなりの意義とかモチベーションを持つことは必要だなと思って、自分の中に軸みたいなのを持ち続けてきた。

「ホッケーという競技に4年間真に打ち込んだとき、自分が一選手としてどこまで上がれるのか、また4年間という区切りを終えた後どんな感情を味わえるか」
少なくとも今年春の自粛前までは、これこそ部活でホッケーをする自分の軸だと思っていた。

でもこの軸ゆえに、去年は結構しんどい1年間だった。
出来ないことばっかが見えて、理想と現実とのギャップに萎えまくった。自分の中の限界が知りたかったんだけど、その限界が思ったより大したことないんじゃないかって気もしてきた。
今思えば、普通に自分自身に負け(妥協し)ていただけなんだけど、当時はそんな風に考えることもよくあった。

外からはそんな風には見えなかったかもだけど、こんな感じで、こっそり一種の挫折みたいなのを味わっていた。

自分自身に負けた時点で、自分と部活を繋いでた軸はもうブレまくっていたわけだけど、それでもなぜかホッケーを辞めようって気には全然ならなくて、ずっとそれが我ながら不思議だった。

今年春の自粛中に時間はウザいほどあったから、その自分の中にある自分が何故ホッケーをしているかのもっと原点的な答えに何となく辿り着けた。

こんだけフリ長いのに単純な答えで、
それはシンプルにホッケー自体がクソ楽しいってことだった。
どんなに満足できないプレーばっかしても、綺麗なパス1本通すだけで気持ちいいし、シュー練でまぐれっぽく入るだけでも楽しい。

本当、単純な答えだけどこれに改めて気づけたことは自分にとって結構大きいことで、1つの壁を超えた感すらあった。
この楽しさに気づいてから、変に気負わなくて良くなったし、思考も整理出来てきて、結構シンプルな考え方でホッケーに向き合えるようになった。

長くなったが結局、
軸として、高みを目指して自分と闘い続けること、
原点として、ホッケーを楽しむこと。
この両立が今の自分の中の大きな目標である。

個人として、自分自身と闘い、チームとして試合に勝つ。
その時味わえる喜び、楽しさはきっと格別のものだろう。

そのために、レバヒも頑張って練習します。

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